還元剤と酸化剤によってパーマがかかる原理については、ほとんど化学構造的に説明されず、ただ毛髪の強度を担っているシスチン結合を切ってつなげることによってパーマはかかるのだと説明されてきました。技術者の皆さんもご存じのハシゴのような図で説明されてきたのです。私も師である大門一夫との雑談の中で、「パーマってどこにかかるんだろうね?」という話は出ましたが、毛髪科学講習で理美容師の皆さんに説明するときには、当たり前のようにハシゴの図を持ち出して、自分自身疑問に感じていませんでした。
しかし、カラー全盛になり、ブリーチによって損傷した髪にはパーマがかけづらく、パーマをかければカラーとパーマの複合損傷で、さらに髪を傷めてしまう。こうした事情で、パーマ需要は最盛期の3分の1まで落ち込んで現在に至っています。
そんな中で登場したのが、スピエラとGMTという酸性~中性域でパーマがかかる還元剤です。これらに共通して言えることは膨潤が非常に少ないということです。理美容室における毛髪損傷の最大の要因は過膨潤です。チオグリコール酸もシステアミンも、酸性ならば膨潤しませんが、パーマもかかりません。では、なぜスピエラはかかるんだろうか?切っている場所が違うのではないか?それがFMCBを考えるきっかけになりました。詳しい経緯については、新美容出版『マルセル』2012年5月号かこちらをご覧ください。
毛髪の中でパーマ剤(還元剤)が切断するシスチン結合(イオウSとイオウSの結合)の位置は主に二か所あり、ミクロフィブリル間とマトリックス(KAP)内であり、酸性域のスピエラは主にフィブリル間結合を切り、アルカリ性域のチオグリコール酸やシステアミンは主にマトリックス内の結合を切るのではないかと予想しました。 そこでタンパク質の構造解析が活発に行われている世界最大の放射光施設SPring-8で実験を行うことになったのです。幸い3期連続で重点産業利用課題(SPring-8を利用するに値する産業上の研究に無償で施設を利用させる制度)に選ばれ、パーマやストレートパーマによる毛髪中のフィブリル間の距離、バラツキの変化と、キューティクルのCMC間隔の変化を追うことができました。
その結果、スピエラはパーマがかかるがフィブリル間の距離と整列は変化しないことがわかり、フィブリル同士がずれてパーマがかかっていることがわかりました(これをF還元と名付けました)。一方アルカリ性下でのチオグリコール酸やシステアミンは還元によってフィブリル間の距離が増大し(膨潤)、整列がバラけてくることがわかりました(これをM還元と名付けました)。また、パーマがかかったという状態は、結果的にフィブリル間のずれが固定されたことであることがわかりました。M還元をするチオグリコール酸でも、マトリックスの膨潤によってフィブリル間の結合が押し切られ、その後再結合するが、再結合できないフィブリルが残るので、それが損傷につながっているのがわかりました。
下の写真は、チオグリコール酸やシステアミンのパーマ液に毛髪を浸しておくと、1時間もしないうちに液が茶色になってきます。これは主にマトリックスの破片です。これに対し、スピエラに毛髪を浸した溶液は、1年たっても液が濁りません。まったく膨潤しないのです。これはマトリックス、フィブリルともに壊れていないことを示しています。
また次の写真は、健康毛の下半分に14トーンというかなり強いブリーチを行い損傷させた毛束に、スピエラとアルカリ性のチオグリコール酸でパーマをかけた結果です。チオグリコール酸の特性として健康毛には適度なかかりが得られても、損傷毛には強すぎ時間を置くと「トロ毛」になってしまいます。これに対し、スピエラでは健常部と損傷部でほとんど同じかかりが得られます。これはパーマがフィブリル間結合にかかることの証左でもあります。
理想的な毛髪ならばF還元だけで、すなわち「ずらし」だけでパーマをかけることができますが、たいていの髪はある程度のヨレやクセがあるので、少し膨潤「ふくらまし」が必要となります。特にストレートパーマが必要なクセ毛の場合、はじめからフィブリルの整列がよれているため、膨潤させて再配列する必要があります。
しかし、少し膨潤させることは意外と困難です。チオグリコール酸の場合、アルカリ性から中性にpHを下げていくと急激に還元力が落ちてしまい、適度に膨潤させることが非常に難しいのです。つまりM還元をある程度させることはできるものの、肝心なF還元につながらないのです。そこでまずスピエラなどでF還元を行い、自由度の増したマトリックスに低pHのチオグリコール酸などを作用させれば、膨潤をコントロールしながらF還元によってパーマをかけることができることを発見したのです。これがFMCBの本質です。
今まで述べてきたFMCBと従来のアルカリパーマの違いを図解しました。FMCBはただスピエラなどの酸性の還元剤を使用しているわけではありません。クセやヨレに対応しにくいというスピエラの欠点を補うシステムなのです。またFMCBの開発時にはまだGMTはパーマの還元剤としては認められていませんでしたが、GMTはFMCBとして使用することは十分可能です。